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私たちがお客さまからシステム導入のご相談を聞いている際、「ウチは現場のITリテラシーが低いから……」という不満をよく耳にします。
その不満をもう少し丁寧にお聞きすると、「システムを導入するメリットをいくらアピールしても導入に賛成してもらえない……」「システムによって現場の業務が変わることに理解を得られない……」というお悩みを持ち、その原因を「現場の従業員に、パソコンを使いなれていない人が多いから」と考えている方が多いようです。
数あるシステムの中から自社に導入したいものを検討し、システムを決定するところまで漕ぎつけたのに、現場の反対によって導入に踏み切れないという課題は、システム導入を任された多くの方が突き当たるものです。
では、今度こそ現場の反対を賛成に変え、システム導入をなしとげるため、あなたが取るべき行動とはいったい何なのでしょうか?
現場からの反対でシステム導入に踏み切れなかった経験をした方の多くが、その原因は「現場のITリテラシーの低さ」にあったと考えがちであることは先に述べました。
たしかに製造業などの現場は、普段からあまりパソコンなどに触れる機会がなく、扱いに慣れていない人が多いのは事実です。
しかし、一流の大企業といえど、製造の現場にいる従業員まで全員がパソコンを扱いなれているわけではありません。そもそも、同じ業種においては、企業規模の大小に関わらず現場のITリテラシーはそれほど変わらないのが実情ではないでしょうか。
すこし、下の表に目を通してみてください。
ITに係る「事業部門や従業員の理解」「人材の育成」「ノウハウの不足」という課題について、これらを自社の課題であると感じている企業が全体に占める割合を、従業者規模別にまとめた表です。
ITに関して「事業部門や従業員の理解」に悩んでいる企業の割合は、どの従業者規模でも2割以上にのぼります。また、「人材の育成」には6割近くの企業、「ノウハウの不足」には約半数の企業が課題を感じています。
これら3つの数字がすべて現場のITリテラシーに関わるわけではありませんが、
という2つの事実がわかっていただけたと思います。
しかし、そんななかでも、システムの導入・入れ替えに成功し、業務の効率化や業績の改善を達成した企業の例はどの業界でも挙げることができます。
感じている課題にそれほど差がないとすれば、現場からの反対を乗り越えてシステムの導入に至った企業と、現場の反対を覆せなかった企業との差はいったいどこにあるのでしょうか。
アメリカの非営利団体、プロジェクトマネジメント協会(The Society of Project Management(略称:SPM))がまとめたプロジェクトマネジメントのためのガイドブック・PMBOK(Project Management Body of Knowledge)では、プロジェクトにおいて関係者の協力を得るため、彼らを積極的に巻き込んでいく方法を「ステークホルダーマネジメント」という用語でまとめています。
ステークホルダーという単語は一般に「利害関係者」と訳されますが、PMBOKガイドの定義では「プロジェクトに影響を与えたり影響を受けたりする可能性がある個人やグループまたは組織」となります。そのステークホルダーを巻き込んで協力してもらうための活動が、ステークホルダーマネジメントです。
と、やや唐突にプロジェクトマネジメントについての話を始めましたが、自社へのシステム導入を「プロジェクト」と規定すれば、現場の従業員はそのプロジェクトに影響を与え、影響を受ける「ステークホルダー」に他なりません。つまり、今回のテーマである「システム導入への現場の反対を乗り越える」ことはそのまま「ステークホルダーマネジメント」の問題と捉えられます。
ここからは、PMBOKガイド第6版のステークホルダーマネジメントに関する記述に学びながら、現場の従業員からシステム導入への理解を得る方法を考えていきましょう。
PMBOKガイド第6版ではプロジェクトの進行を「立ち上げ」「計画」「実行」「監視・コントロール」の段階に分け、それぞれの段階でステークホルダーマネジメントのために行わなければならないことを定めています。
「立ち上げ」の段階では、プロジェクトに関わる人や組織を漏れなく洗い出し、ステークホルダーの特定を行いますが、今回は現場の従業員を対象とすることが決まっているのでここについては述べません。
次に、「計画」の段階ではステークホルダーマネジメントを実施していくための計画を策定することになりますが、個々のステークホルダーへの対応策を決めるため、簡単な分類を行っておきましょう。
それぞれのステークホルダーが、「プロジェクトを認識しているかどうか」、「認識しているとすればプロジェクトにどんな意見を持っているか」によって分類します。
今回の場合では「現場で稼働しているシステムを入れ替えることが検討されていること知っているかどうか」「システムを入れ替えることに賛成しているか、反対しているか、または中立であるか」によって、次の5段階に分けることになります。
以下の「実行」「監視・コントロール」の段階でも、この分類に従ってステークホルダーマネジメントを行っていくことになります。
「実行」そして「監視」の段階で行う活動は、それぞれ「ステークホルダー・エンゲージメントのマネジメント」「ステークホルダー・エンゲージメントの監視」となっています。
ここでいう「エンゲージメント」とは「従事させる」「引き込む」と訳すとわかりやすいでしょうか。つまり、「実行」の段階でステークホルダーがプロジェクトに従事してくれるよう具体的な行動をとり、「監視」の段階で状況を監視して次の対策を練ることになります。
先ほどの5段階の分類に従えば、現場の従業員のなかに「支持」の数を多くすることで現場全体としての意見を「システム導入賛成」にすることが目標となるので、意見を変えてもらうべきなのは「不認識」「抵抗」「中立」に分類される人ということになります。
では、この3種類のステークホルダーのうち、最初に説得するべきはどの人たちでしょうか?
まず初めに働きかけるべきは、「不認識」の段階にある人たちです。
「不認識」に分類される人たちは、あなたがシステム導入というプロジェクトに向けて動いていることをまだ認識していませんが、現場全体の意見に対して潜在的な影響力を持っています。「え、ウチの現場のシステムってもうすぐ変わるかもしれないの? 知らなかったなぁ」という人が多い状態では、現場全体の意見を賛成に持っていくことは難しいでしょう。
まずは彼らにシステム導入のプロジェクトが進行していることを認識してもらい、支持を得られるように導入を考えているシステムの概要を説明するなど、システム導入への関心を得られるように働きかけましょう。プロジェクトが進行していることを認識する段階でプロジェクトマネージャー(この場合はあなた)とコミュニケーションが取れていれば、その人がプロジェクトを支持してくれる可能性は高まります。
「不認識」の段階にあった人にプロジェクトを認識してもらうことができれば、次は「中立」「抵抗」の立場にある人たちの意見を変えていくための取り組みをはじめましょう。
まず、「中立」である人たちは、現場のなかで「支持」の声が大きくなると意見を前向きに変えてくれることも期待できるので、働きかける優先順位は「抵抗」の人たちよりも低くなります。
しかし、システム導入に対して心配事などを抱えている場合もあるので、彼らにも積極的に話しかけて本音を聞き出すことを心がけましょう。そこで聞き出せたものと同じような不安を、他の多くの人とも共有しているかも知れません。そのような不安を認識しておき、それを払拭するための方法を考えておくことは、現場を説得するための重要なステップになります。
さて、問題は「抵抗」に分類される人ということになりますが、この人たちの意見を変えるのは容易ではなく、長期的な関わりをつづける覚悟が必要になります。
人間を相手にする活動ですから、相手が誰でも通用するやり方は存在しませんが、システム導入に対して抵抗を示す人たちは、「よくわからないがシステムは自分の負担を増やしそうだ」というような、システムに対するなんとなく悪いイメージから反対している場合が少なくありません。
そのような場合、ベンダーとよく話し合ってシステム導入後の業務フローを作るなどして、現場の従業員たちが導入後のイメージを明確に描けるような説得を意識すると、彼らの持つ「なんとなく悪いイメージ」を払拭することができるでしょう。
それとは別に、すでに「支持」の立場にあって他の従業員から信頼されている人を介して説得するなど、周囲からの協力を得ることも有効です。
「抵抗」から「支持」に意見を変えてもらうのは簡単ではありませんが、そんな人が一人また一人と現れれば現場全体の意見が「支持」に少しずつ傾いていき、その後の働きかけもどんどん楽になっていきます。
関係者をプロジェクトに巻き込んでいくための「エンゲージメントマネジメント」の活動は、相手が人間であるということもあって成果が測りにくく、想定していたスケジュール通りに進めていくことも難しくなります。しかし、「計画」の段階で悩むよりも、具体的な行動を起こしたほうが目標に早く近づくことができることは確かです。
また、導入前の説得に成功したあとも、実際のシステム利用者である現場の従業員とコミュニケーションを取ることは、自社で有効に機能するシステムを作るために欠かせない活動です。
普段から現場の声に耳を傾け、システムに関する意見・不満を聞き出しておくことを意識しましょう。