はじめに
クラウドは“使った分だけ課金”される便利なサービスですが、使い方を誤るとすぐにコストが膨らんでしまう落とし穴があります。
「導入当初は安かったはずなのに、いつの間にか月額が跳ね上がっていた」「部門ごとに費用を把握できない」そんな悩みを抱える企業が増えています。そこで注目されているのが、FinOps(フィンオプス)というアプローチです。
FinOpsは単なるコスト削減手法ではなく、クラウドの価値を最大化するための運用文化・組織マネジメントといえます。
この記事では、FinOpsの基本から、実践方法、導入ステップ、注意点まで網羅的に解説します。
1. FinOpsとは何か?
▷ 定義と背景
FinOpsとは、「Finance」と「DevOps」を掛け合わせた言葉で、クラウドにおけるコストの可視化・最適化・責任分担を通じて、ビジネス価値を最大化するための運用モデルです。これは、クラウドの従量課金制・動的リソース活用という特性に合わせて考案された“新しいITマネジメント手法”です。
FinOps Foundation(The Linux Foundation傘下)による定義では、FinOpsは次の3原則に基づいています。
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コラボレーション: IT・財務・ビジネス部門が連携して運用
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ビジネス価値中心: コストだけでなく、価値対効果を重視
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継続的な最適化: 1回限りでなく、日常的に改善
2. なぜクラウドコストは見えづらく、最適化が難しいのか?
クラウド活用が進む一方で、組織的な視点からのコスト最適化には多くの壁が存在します。
以下に、特に多くの企業で共通する課題を挙げてみます。
1. コストのサイロ化
クラウドの導入・利用が部門ごとに進められると、コスト情報が全社で共有されず、“部門の壁”に閉じ込められてしまう現象が発生します。たとえば、開発部門とマーケティング部門がそれぞれ別のAWSアカウントやGCPプロジェクトを使っていると、全体の支出を一覧で把握することが困難になります。
よくある実情:
・経理部門は請求書の合計額しか見ていない
・IT部門は技術視点の使用状況しか追えていない
・各部門は自分たちのクラウドコストに無自覚
影響:
・ガバナンスが効かない
・横断的なコスト削減や契約統合の機会を失う
2. リソースの放置・重複
クラウドでは、インスタンスやストレージ、スナップショットなどのリソースが簡単に作成できる一方、削除を忘れがちです。これにより、使っていないのに課金され続けている状況が生まれます。
よくあるパターン:
・テスト用のEC2インスタンスを本番化せず放置
・自動バックアップの古いスナップショットが何百個も残っている
・ストレージと同内容のミラーが複数存在
影響:
・意図しない固定費が増える(「塵も積もれば山」)
・クラウドのスリム化や自動化が進まない
3. 割引プランの未活用
クラウドベンダー(例:AWS, Azure, GCP, OCI)は、継続利用を前提に大幅な割引を提供するプラン(RIやSavings Plans)を用意しています。しかし、多くの企業ではこれを理解・検討する人がいない/責任が曖昧なため、常にオンデマンド料金(最も高い単価)で使ってしまっていることがあります。
例:
・EC2インスタンスを常時24時間稼働させているのにRI未購入
・GCPのCommitted Use Discountが存在すら認識されていない
影響:
・予測可能なコストを無駄に高く払い続ける
・費用対効果を正確に評価できない
4. レポートの粒度が粗い
クラウドの請求レポートは、初期状態では「プロジェクト別」「アカウント別」「月次合計」などの粗い情報しか出てこないことが多く、どの業務・サービス・担当者がコストを生んでいるのかが見えづらいです。
よくある課題:
・「この1万円はどの機能で発生したのか」が追えない
・「誰がどのタイミングで何を立ち上げたか」が不明
原因:
・タグ設計が不十分
・ログ連携・可視化ツールの未整備
・ダッシュボード未導入
影響:
・「コストを減らせ」と言われても根拠を持った判断ができない
・不正確な予算管理や請求トラブルの原因に
5. クラウド利用の“責任の所在”が不明確
クラウドの柔軟性が高まる一方で、「誰が」「どのリソースの」「どの費用」に責任を持つのかが曖昧な企業も多く見られます。「使うのは開発者、払うのは経理、承認は情シス」というように、分断された構造がFinOpsの障壁となります。
具体例:
・開発者がコスト意識なくスケールアップを繰り返す
・経理が技術的な妥当性を判断できないまま予算管理
・システム部門がインフラ全体を把握しきれていない
影響:
・全社的なコスト意識が醸成されず、最適化が一過性で終わる
・FinOpsを導入しても、定着しない
3. FinOpsの3フェーズ(実務対応の流れ)
FinOpsは、以下の3ステージ(フェーズ)で運用されます。
1. Inform(可視化)
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タグ付け・アカウント整理により、部門/プロジェクトごとのコストを分類
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メトリクス化とダッシュボード整備
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利用状況(CPU使用率、ディスクIOなど)とコストの相関を分析
👉 使っているリソースを「見える化」することが第一歩。
2. Optimize(最適化)
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未使用リソースの削除、自動スケジューリング、スナップショット整理
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RI/Savings Plans導入による割引最適化
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アーキテクチャ見直し(例:EBSからS3への移行)
👉 コストとパフォーマンスの“バランス”を取る調整工程。
3. Operate(運用定着)
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月次レポート・KPI設定(例:コスト/売上比、RI使用率)
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ガバナンス強化(クラウド利用ポリシー、利用ガイドラインの整備)
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各部門とのコストレビューの定例化
👉 FinOpsは継続運用がカギ。ツールと体制の両方が必要。
4. FinOps導入のメリット
FinOpsは単なるコスト削減の手法ではなく、クラウド運用における透明性、責任共有、継続的な改善を実現するための組織的アプローチです。
ここでは、FinOpsを導入することで企業が得られる主なメリットを4つの観点からご紹介します。
1. コスト最適化
FinOpsを導入することで、クラウドリソースの利用状況と課金体系を可視化・分析し、無駄を減らしてコストを最適化できます。
具体的な効果:
・未使用リソースの発見と削除(例:停止し忘れた検証用VM、不要なEBSボリュームなど)
・オーバースペックの見直し(実際のCPU使用率が10%しかないのにt3.largeを使っている、など)
・RIやSavings Plansなどの割引活用(一定期間使うことが明確なインスタンスに予約購入を適用)
・スケジューリングやオートスケーリングの適正化(夜間停止、トラフィックに応じた自動縮退)
成果例(目安):
運用が最適化されれば、クラウドコストの10〜30%削減が期待できると言われています。
2. 透明性と説明責任(Accountability)
FinOpsを導入すると、誰が・どのサービスで・どれだけコストを使っているかを明確に可視化できるようになります。
具体的な仕組み:
・リソースへのタグ付け(部門名・担当者名・プロジェクト名)
・サービス単位のコスト集計と可視化ダッシュボード
・週次・月次でのコストレポート配信
メリット:
・各部署・担当者が自分たちの使用コストを自覚し、説明責任を持てる
・経営層や他部門からの「この費用は何?」という問いに対し、根拠あるデータで回答できる
・情シス部門が「なんとなく高いから削って」と言われるのではなく、数値で合意形成できる
3. 予算管理の精度向上
FinOpsでは、クラウド利用をリアルタイムで追跡・分析できる体制を構築するため、予実管理(予算 vs 実績)の精度が飛躍的に向上します。
仕組みとプロセス:
・過去の使用実績に基づいた予算策定
・各部門ごとのコスト予算設定と使用量のトラッキング
・アラート設定(例:月間予算の80%を超えたら通知)
・「予算を超えそうだから利用を見直す」といった能動的対応が可能に
メリット:
・事業計画とITコストの整合性が取りやすくなる
・経理部門と情シスの連携がしやすくなり、予算配分の根拠が明確
・外部へのレポート(取締役会、監査など)に対しても説明力が高まる
4. 組織文化の変革
FinOpsの本質はツールやレポートではなく、“クラウドコストに責任を持つ文化”を全社に根付かせることです。導入により、部門横断での協働が促進され、コストを“みんなのもの”として扱う意識が育ちます。
文化的な変化:
・IT部門だけでなく開発者自身がコストに責任を持つようになる
・経理や経営陣が技術的な投資判断に関与しやすくなる
・会話が「いくらかかるか?」から「価値があるか?」に変わる
メリット:
・単なるコストカットではなく、「価値に見合った投資」という考えが定着
・DevOpsやAgile開発との親和性が高く、スピードと品質を維持しながらコストを意識できる
・組織としてのデジタル成熟度が上がる
5. 導入の進め方(ステップバイステップ)
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ステップ1:タグ設計の再構築
└ AWS/GCP/Azureなどにおいて、部門・サービス名・環境(dev/prod)などのタグを統一 -
ステップ2:コストダッシュボードの構築
└ Power BI、Looker、CloudHealthなどで視覚化 -
ステップ3:小さく試す
└ 1つの部門 or プロジェクトでFinOps実践(例:RI適用+アラート設定) -
ステップ4:ナレッジと仕組みを全社展開
└ 成果・失敗を共有、ポリシー化、ガイドライン策定
6. 活用ツールの一例(AWS中心)
FinOpsにおいて役立つ主要なツールについて、それぞれの特徴と活用方法を解説します。
1. AWS Cost Explorer(コストエクスプローラー)
AWSネイティブのコストと使用量の可視化ツール。インタラクティブなグラフや表を使って、日単位・サービス単位・タグ単位でコストを確認できます。
主な機能:
・コスト・使用量の日別/月別/サービス別分析
・RI/Savings Plansの使用状況の可視化
・カスタムフィルタ(アカウント、タグ、サービスなど)
・将来の支出予測(forecast)も可能(機械学習ベース)
FinOpsでの役割:
・Inform(可視化)フェーズの中核ツール
・各部門へのレポート作成、異常値の早期発見に役立つ
・タグと連携することで、プロジェクト別・担当者別の明細化が可能
特におすすめの使い方:
・「この月にEC2費用が急増した原因は何か?」を原因分析
・RIの利用率やカバレッジ分析による最適化施策の立案
2. AWS Budgets(バジェット)
AWSのコスト・使用量・RIカバレッジなどの予算設定・アラートツール。あらかじめしきい値を設定し、それを超えそうな場合に通知を送ることができます。
主な機能:
・コスト、使用量、RI利用率などに関する予算(しきい値)設定
・メールやSNS(通知サービス)によるアラート配信
・コストアラートとともに、SNSやLambdaと組み合わせることで自動アクションの設定も実装可能
FinOpsでの役割:
・Operate(運用定着)フェーズでのKPI管理とアラートに有効
・各部門ごとに予算ラインを持たせる文化を支える
・コストをリアルタイムに「管理」するための防波堤
特におすすめの使い方:
・「プロジェクトAの月間予算を10万円に設定、80%超えたら通知」
・定期的なレポートではなく、アクションベースの予防管理を行いたい場合
3. CloudHealth by VMware
VMwareが提供するマルチクラウド対応の包括的なコスト最適化プラットフォーム。AWS、Azure、GCP、VMware Cloudなどの環境に対応し、コスト管理、セキュリティ、ガバナンスを統合的に管理できます。
主な機能:
・マルチクラウドの統合コストダッシュボード
・RI・SPの購入推奨/最適化提案
・カスタムレポート(部門、チーム、プロジェクト単位)
・セキュリティポリシーやコンプライアンスチェックとの統合
FinOpsでの役割:
・FinOps文化の全社展開を支援する、包括的プラットフォーム
・クラウド利用の責任分担を明確にし、透明性と自律管理を促進
・異なるクラウド環境間での比較・統一的分析を可能に
特におすすめの使い方:
・全社横断のクラウド利用状況を可視化し、CIOレベルでの経営判断に役立てる
・FinOpsプロジェクトの中長期的なPDCAサイクルの管理
4. Spot by NetApp
NetAppが提供する、AIと自動化によるクラウドリソースの最適配置・コスト削減ツール。特にスポットインスタンスの自動運用・切り替え・最適化に強みがあります。
主な機能:
・Spotインスタンスの自動運用(中断リスク最小化)
・Kubernetesなどコンテナ環境への対応(例:Ocean by Spot)
・ワークロードに最適なリソースの自動選定
・割引プランの適用支援とスケーリングの自動化
FinOpsでの役割:
・Optimize(最適化)フェーズに特化した自動化ツール
・人が分析するのではなく、最適化を“動的に自動化”するアプローチ
・RI/SPだけでなく、スポットインスタンスの活用を安全に広げられる
特におすすめの使い方:
・安定性が求められる一方でコストも重視したいKubernetes運用
・開発・検証・分析バッチ系ワークロードの動的スポット化
7. FinOps推進で陥りがちな落とし穴
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✖ 「削減」ばかりが目的になる
→ 本質は「価値に見合った支出」にある。過剰な削減は事業スピードを落とす。 -
✖ IT部門だけで完結しようとする
→ 財務、経営、開発を巻き込んだ“協働”が不可欠。 -
✖ 導入ツールに依存しすぎる
→ ツールは手段であり、文化とプロセスの整備が本丸。
8. まとめ
FinOpsは「クラウド時代の予算管理と責任共有のための仕組み」です。
技術力だけでなく、組織横断的な協調と継続的な改善こそが、クラウド運用の成熟度を左右します。
まずは「タグ整理」と「可視化」から始めてみませんか?
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